伯耆国の式内社
伯耆国の式内社:6座6社
倭文神社  (詳細=鳥取県中部(東伯耆)の神社)
川村郡  国弊小社 
主祭神=健葉槌命(下照姫)・・・・出雲神
合祀=下照姫命 事代主命 建御名方命 少彦名命 天稚彦命 味耜高彦根命
大正末までは、下照姫命が主祭神と思われていたらしい。

波々伎神社  (詳細=鳥取県中部(東伯耆)の神社)
川村郡  国弊小社 
主祭神=八重事代主命・・・・出雲神
合祀=天稚彦神 下照姫神 少彦名神 建御名方神 味耜高彦根命
 
倭文神社  (詳細=鳥取県中部(東伯耆)の神社)
久米郡 国弊小社 
主祭神=經津主神・・・・物部
合祀=伊弉諾命 伊弉冉命 譽田別命
経津主神は元々は物部氏の祭神であったと考えられる 。

国坂神社  (詳細=鳥取県中部(東伯耆)の神社)
久米郡 国弊小社  
主祭神=少彦名尊・・・・国津神
合祀=大穴牟遲神 少名彦那神 事代主命

胸形神社  (詳細=米子周辺の式内社)
会見郡 国弊小社 
主祭神=田心姫命、湍津姫命、市杵嶋姫命・・・・海人族
合祀=経津主命 武甕槌命 日本武命 上筒男命 中筒男命 底筒男命 譽田別命 伊弉諾命 伊弉册命 大日?命 素盞嗚命 大國主命 倉稲魂命 天児屋根命  天太玉命 猿田彦命 鈿女命 阿蘇彦命  阿蘇姫命 保食命 月読命

大神山神社  (詳細=米子周辺の式内社)
会見郡 国弊小社 
主祭神=大己貴命・・・・出雲神
合祀=大山津見神 須佐之男神 少名毘古那神



伯耆国式内社まとめ

式内社 倭文神社 波々伎神社 倭文神社 国坂神社 大神山神社
本社
宗形神社
現在地 東伯郡湯梨浜町 倉吉市福庭 倉吉市志津 東伯郡北栄町国坂 米子市尾高 米子市宗像
旧郡 川村郡 川村郡 久米郡 久米郡 会見郡 会見郡
延喜式 国幣小社 国幣小社 国幣小社 国幣小社 国幣小社 国幣小社
神階 正一位 正五位上 正三位 正五位上 正五位上 従五位上
近代社格 縣社 縣社 縣社 郷社 国幣小社 郷社
現代社格 別表神社 別表神社
主祭神 健葉槌命 (下照姫) 八重事代主命 經津主神 少彦名尊 大己貴命 田心姫命、湍津姫命、市杵嶋姫命
配祠 下照姫命 事代主命 建御名方命 少彦名命 天稚彦命 味耜高彦根命 天稚彦神 下照姫神 少彦名神 建御名方神 味耜高彦根命 伊弉諾命 伊弉冉命 譽田別命 大穴牟遲神 少名彦那神 事代主命 大山津見神 須佐之男神 少名毘古那神 經津主神、譽田別命、須佐之男尊 表筒男命、中筒男命、底筒男命 他
補足 大正末までは、下照姫命が主祭神と思われていたらしい 経津主神は元々は物部氏の祭神であったと考えられる
境内坪数 3915坪 4129坪 1120坪 1068坪 1817坪 1862坪
氏子数 521戸 120戸 161戸 153戸 700戸 230戸
周辺遺跡 経塚 福庭古墳 宗像古墳群
遺跡年代 古墳時代後期 古墳時代中期
その他 奥宮 境内坪数
15718坪 
飛地境内
854坪



伯耆国と他国の式内社数の単純比較
伯耆国と他国の式内社数の比較
令制国諸国の式内社数






1ヵ国当たりの平均式内社数
道別の1ヵ国当たりの平均式内社数を下図に示した。
畿内が最多で90.8社、西海道が最少で8.9社であった。
概ね畿内から西に向かうほど式内社数は少ない傾向を認めた。

    


伯耆国と他国の式内社数の比較
令制国、68国(2島66カ国)
       式内社数合計 2861社(3132座 )   全国平均=42.1社   標準偏差=50.0 社

伯耆国の式内社は6社6座で、同じ山陰道でも出雲国187社、因幡国42社、石見国34社、隠岐国15社と比べかなり少ない印象を受けた。
これが統計学的に有意に少ないと言えるかどうかを検討する。



伯耆国と他国の式内社数の推計統計学的検討
Z-testによる式内社数の検定
Z-test(平均値の検定)で各国の式内社数が平均値より多いか少ないかの検定を行った。
結果をグラフで示し、P値によって色分けをした。
青色 有意差無し(平均値より多いといえる)
オレンジ色 p<0.05 (有意差あり、平均値より少ないと言える)
赤色 p<0.01 (有意差あり、平均値より極めて少ないと言える)

式内社が多い国、少ない国
有意に式内社数が多い令制国
畿内周辺の令制国に式内社数が多い国が散見された。

        

有意に式内社数が少ない令制国
式内社数は、西国に少ない傾向が認められた。

     


各国別の式内社数の検定
畿内、東海道の式内社数
畿内では、伊賀を除いた国で式内社数が多かった。
尾張以東の令制国に式内社数は少なかったが、伊豆国の式内社数は有意に多かった。(詳細は、考察「神祇官の関与」へ)
    

北陸道、東山道の式内社数
畿内よかなり遠隔地であるはずの陸奥国の式内社数の多さが注目された。
     
  
山陰道、山陽道の式内社数
山陰道諸国には式内社が多く、山陽道諸国には有意に少なかった。
しかし式内社数が多い山陰道において、伯耆国の6社は明らかに何らかの事情もっているものと推測された。

また、隠岐国も15社と式内社数は少なかったが、明神大社が4社存在し、質的にも伯耆国とは異なっていた。

     
 
 
南海道、西海道の式内社数

    
 


式内社数検定のまとめ
全国的傾向
令制国の式内社数は、最多の伊勢国232社から、最少の志摩国2社までかなりの開きが有った。
おおよそ、畿内より東側の国には多く、西側の国には少ない傾向があった。
しかし、これは必ずしも全てに当てはまるものではなく、各国の面積・人口、農業力などとの比較検討が必要に思われる。


伯耆国の式内社
前述したが、式内社数が多い山陰道において、伯耆国の6社は明らかに何らかの事情をもっているものと推測された。
また、隠岐国も15社と式内社数は少なかったが、明神大社が4社存在し、質的にも伯耆国とは異なっていた。
この背景にあった理由について、次項でさらなる検討を加えることとする。

 次項、 「結果2−1:式内社数の多寡に影響すると思われる要因の検定その1・・・面積」

 以下、 「結果2ー2:式内社数の多寡に影響すると思われる要因:人口」
      「結果2−3:式内社数の多寡に影響すると思われる要因:郡数・郷数」
      「結果2−4:式内社数の多寡に影響すると思われる要因:田積・出挙」
      「結果2−5:式内社数の多寡に影響すると思われる要因:都からの距離」  
      「結果2−6:式内社数の多寡に影響すると思われる要因:律令が定めた国力」 
      「結果2−7:式内社数の多寡に影響すると思われる要因:伯耆国の歴史的素地」
    
      「考察:伯耆国の式内社数に関する考察」


参考資料−1
式内社数検定表(Z検定P値、偏差値)

令制国地図

参考資料−2
「統計学要論」 (共立出版 1975)
「バイオサイエンスの統計学」 (南江堂 1994)
「医学・公衆衛生学のための統計学入門」 (南江堂 1988)
「図解 確率・統計の仕組みがわかる本」 (技術評論社 2008 長谷川勝也)
「Excelでここまでできる統計解析」 (日本規格協会 2007 今里健一郎 森田浩)

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式内社結果1:伯耆国と他国の式内社数に関する分析
 伯耆国の古代史を検証するための文献的史料は必ずしも充分 とは言えない。
 そのため、考古資料、伝承資料等を併せて検証する事が不可欠 になると思われる。
  しかし神社伝承についてはその信頼性に疑問がある事も否めない。
 そこで比較的資料の蓄積がなされ始めた平安時代の神社資料を、 推計統計学を用いて科学的に検証し、それを足掛かりに古代史を 考える事を試みたい。
  これは、伯耆国の式内社が他国に比し寡少であるような印象を持った事から始まる。
 式内社は、延喜式がまとめられた10世紀初頭には朝廷から官社として認 識されていた神社であり、その選定には政治色が強く反映されている、 とされている。
 そこで推計統計学を用いて、当時の伯耆国の式内社等に関する実情を 科学的に検証したいと考える。