結果2-4:式内社数の多寡に影響すると思われる要因・・・・田積・出挙
式内社数の多寡に影響すると思われる要因としては以下の項目が考えられる。
   1:令制国の面積が小さい。 
   2:令制国の人口が少ない。
   3:郡数、郷数が少ない。
   4:経済力が弱い・・・・農業力(田積、出挙)
   5:都(中央)から令制国までの距離が遠い。  
   6:律令が定めた国力
   7:歴史的素地がない。
   8:その他 ・・・・政治色、人間(氏族)関係など

前項において式内社数と人口の間に相関関係が無いことが示された。
田積は人口に関係するとも思われるが、ここでは地域が持つ経済力の指標の一つとして田積についての検討を行う。
延喜式が編纂された930年前後、すでに公地公民制は崩れ、地方にも貴族の荘園が乱立していた。
従って地方の田積が必ずしもその地域の経済力を正確に反映しないのかもしれない。
また、田積だけが経済力を示すものではなく、木材、鉄などの産物も考慮しなければならいであろうが、一つの指標として田積およびそこから産出された米の産出量を出挙を参考にしてその検証を試みたいと考える。

A :令制国の田積・出挙
   Ⅰ:田積--- 1:田積と式内社  2:道別の田積    3:諸国の田積   
   Ⅱ:耕作率-- 1:耕作率      2:道別の耕作率   3:諸国の耕作率   
   Ⅲ:出挙--- 1:出挙        2:道別の出挙    3:諸国の出挙

B:令制国の田積・出挙と式内社数の関係
   1:田積と人口の関係、田積と出挙の関係
   2:式内社数と田積との関係
   3:式内社数出挙との関係
   4:結果-式内社数と田積との相関関係、
A:令制国の田積・出挙
Ⅰ:令制国の田積
1:令制国の田積と式内社
田積と式内社数
田積が過小な令制国では、式内社数も少なくなることが予想されるが、果たしてそうか否かの検証を行う。
極端に田積が狭い国では、産出される石高も少ないことが予想される。
その場合、式内社の維持運営にも何らかの影響が考えられる。
式内社数に田積および産出された石高の指標として出挙が関係するか否かの検証である。

結果をグラフで示し、P値によって色分けをした。
青色 有意差無し(平均値より多いといえる)
オレンジ色 p<0.05 (有意差あり、平均値より少ないと言える)
赤色 p<0.01 (有意差あり、平均値より極めて少ないと言える)


補足-1
面積は方里からKmに換算して示した。(1方里 ≒15423.471Km
なおこれらの面積は明治15年『統計年鑑』に記載されているものであり、伊能忠敬の大日本沿海輿地全図の大図(縮尺1/36,000)などを基に算出されている。
明治時代の面積ではあるが、大宝律令が制定された701年から廃藩置県が行われた明治4年まで令制国の国土に大きな変更がなかったことを基礎にして当時の令制国の面積として参照した。

補足-2
田積は町単位で示した。(1町=9917m2)


2:道別の田積
畿内の田積が最も小さく、東山道の田積が最大であった。
畿内、山陰道、南海道の面積はP<0.05で有意に小さかった。

畿 内
5ヵ国
東海道
15ヵ国
東山道
8ヵ国
北陸道
7ヵ国
山陰道
8ヵ国
山陽道
8ヵ国
南海道
6ヵ国
西海道
11ヵ国
面積(Km 6872 41035 105609 25186 17117 24235 24666 43660
田積合計(町) 55298 213493 224389 73980 53956 84942 51861 104848
田積平均(町/国) 11060 14233 28049 10569 6745 10618 8644 9532
Z検定:田積合計 0.018 1.000 1.000 0.088 0.016 0.181 0.013 0.452
Z検定:田積平均 0.280 0.778 1.000 0.215 0.008 0.221 0.054 0.109

古代における稲作は、暖かい地方でより盛んな印象があったが、必ずしもそうではない結果となった。
   

田積を一ヵ国平均でみると、山陰道のみがP<0.01で有意に少なかった。
   

3:諸国の田積
畿内、東海道諸国の田積

     

東山道、北陸道諸国の田積

     

山陰道、山陽道諸国の田積
山陰道では丹波国以外全て有意(P<0.01)に田積は少なかった。
式内社数が全国で3番目に多かった出雲国も田積は明らかに少ないと言える。
     

南海道、西海道諸国の田積

     

Ⅱ:令制国の耕作率
1:耕作率
上記の田積は、諸国の面積を考慮しないものである。
国土面積が大きい国では当然田積も大きくなることが予想される。
そこで、単位面積当たりの田積を耕作率として比較検討したいと思う。
ここでいう耕作率はあくまでも田積を国土面積で除したものであり、平野、山間部の比率は勘案していない。


2:道別の耕作率
畿内は田積合計は最小であったが、耕作率では最大であった。
逆に田積合計が最大であった東山道では耕作率は最小であった。
    

3:諸国の耕作率
畿内、東海道の耕作率

    

東山道、北陸道の耕作率

    

山陰道、山陽道の耕作率
式内社数が極めて少ない伯耆国の耕作率は有意に全国平均を上回っていた。
同様な事が、美作国、備前国、備中国にも当てはまった。
逆に式内社数が全国三番目であった出雲国の耕作率は有意に全国平均より小さかった。
    

南海道、西海道の耕作率

    



Ⅲ:令制国の出挙
1:出挙について
本来は田祖をもってその国の米穀産出量を検討したかったが、十分な資料を渉猟し得なかった事により、出挙を参考にした。

2:道別の出挙

   

3:令制国諸国の出挙
畿内、東海道の出挙

    

東山道、北陸道の出挙

   

山陰道、山陽道の出挙

   
 
 
南海道、西海道の出挙

   


B:令制国の田積・出挙と式内社数の関係
1:令制国諸国の式内社数と田積との関係
畿内、東海道の式内社数:田積比

   

東山道、北陸道の式内社数:田積比

   

山陰道、山陽道の式内社数:田積比

   

南海道、西海道の式内社数:田積比

   

畿内、東海道の式内社数:出挙比

   

東山道、北陸道の式内社数:出挙比

   

山陰道、山陽道の式内社数:出挙比

   

南海道、西海道の式内社数:出挙比

   


3:結果まとめ-
1:田積と人口の関係、田積と出挙の関係
田積と出挙の間には極めて高い相関関係(r=0.852)が認められた。
よって、田積と出挙の双方と式内社数を比較することは意味のあることと考えられるかもしれない。
    

人口と田積の間にも極めて高い相関関係(r=0.979)が認められた。
    


人口と出挙の間にも極めて高い相関関係(r=0.826)が認められた。
    


2:式内社数と田積との相関関係
式内社数と田積の間には相関関係は認められなかった。
    

3:式内社数と出挙との相関関係
式内社数と田積の間には相関関係は認められなかった。
     


結果まとめ
式内社にはその神階に応じて奉幣が与えられていたという。
しかし式内社の運営維持にそれで全てが賄えていたか否かは定かではない。
式内社として認定されるためには、認定以前にそれなりの社地・社屋が整えられていなければならなかったという要件があった。
それを考えれば、地域にそれに足る経済力が必要ではなかったかとも推測される。
しかし、本稿の検証から式内社数と当地の米の産出量を指標とした経済力との間には、相関関係は無いことが示唆された。
厳密には米の産出量のみを経済力の指標とするには不十分で有ると思われる。
特に鉄、および木材の生産量の検証については他の項で言及したいと考える。


参考資料-1
令制国   山陰道の令制国(伯耆国・因幡国)   相関分析
参考資料-2
「和名類聚抄郷名考證」 (吉川弘文堂 1966 池邊彌)
「和名類聚抄郡郷里駅驛名考證」 (吉川弘文堂 1981 池邊彌)




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