A:都から令制国までの距離
1:都(中央)から令制国までの距離と式内社
都からの距離と式内社数
都からの距離が遠いな令制国では、式内社数も少なくなることが予想されるが、果たしてそうか否かの検証を行う。
極端に遠隔地にある国では、都からの国司赴任や管理・管轄等に何らかの影響を生じるかもしれないことが予想される。
その場合、式内社の維持運営にも何らかの支障が考えられる。
式内社数に都からの距離が関係するか否かの検証である。


2:律令が定めたの近国・中国・遠国
近国・中国・遠国について
律令制のもとで国家体制を整えていた古代の日本において、地方行政区画の一環として、畿内からの距離によって国を分けた。

近国
近い位置にある国が近国とされた(畿内の国は分類されない)。
中国
畿内からの距離が近くもなく遠くもない「中ぐらいの距離にある国」を意味する。
遠国
遠い位置にある国が遠国とされた。「近国」「中国」「遠国」の3分類の中で最も数が多い。

これら等級区分の基準はつまびらかではなく、政治的色彩が含まれているとも言われている。
   
畿  内
東海道
北陸道
東山道
山陰道
山陽道
南海道
西海道
大国 畿内 近国 中国 遠国
大和国216 伊勢国232 越前国114 武蔵国 43
河内国 94 近江国142 上総国 5
播磨国 47 下総国 11
常陸国 27
上野国 12
陸奥国100
肥後国 4
13ヵ国 310 421 114 202

上国 畿内 近国 中国 遠国
山城国120 尾張国121 遠江国 60 相模国13
摂津国 62 三河国 28 駿河国 22 下野国11
美濃国 38 甲斐国 20 出羽国 9
備前国 21 信濃国 40 越後国54
美作国 10 加賀国 42 安芸国 3
但馬国113 越中国 33 周防国 8
因幡国 42 伯耆国 6 伊予国24
丹波国 69 出雲国187 筑前国11
紀伊国 28 備中国 18 筑後国 4
備後国 17 豊前国 6
阿波国 46 豊後国 5
讃岐国 24 肥前国 4
35ヵ国 182 470 521 152

中国 畿内 近国 中国 遠国
若狭国41 能登国43 安房国 6
丹後国64 佐渡国 9
長門国 3
石見国34
土佐国21
日向国 4
大隅国 5
薩摩国 2
11ヵ国 0 105 43 84

下国 畿内 近国 中国 遠国
和泉国53 伊賀国25 伊豆国 壱岐国24
志摩国 2 飛騨国 対馬国29
淡路国 13 隠岐国15
9ヵ国 53 40 96 68

近国・中国・遠国と式内社数の関係
上記表より畿内、近国、中国、遠国における1ヵ国当たりの平均式内社数を算出した。
1ヵ国当たりの平均式内社数は畿内より遠ざかるにつれ減少する傾向が認められた。
これについては後ほどt検定にて統計学的検討を行う。
畿内平均 近国平均 中国平均 遠国平均
109.0社 60.9社 48.4社 16.9社


3:実質的な距離
地図上でおおよその実測的な距離を計測し、距離と式内社数の関係を検証した。

      

有意に式内社が多い令制国
概ね畿内に近い令制国に式内社は多かった。
   

有意に式内社が少ない令制国
概ね、畿内から遠い令制国に式内社は少なかった。
  



B:距離と式内社数の関係
1:律令が定めた遠国・中国・近国と式内社数の検定
1ヵ国当たりの平均式内社数は畿内より遠ざかるにつれ減少する傾向が認められた。
有意性を確認するため、t検定にて統計学的検討をった。

結果
  畿内と遠国の間にはp<0.05で有意差があった。
  近国と遠国の間にはp<0.001で有意差があった。
  中国と遠国の間にはp<0.05で有意差があった。
         
t検定

P値
畿内 近国 中国 遠国
対 畿内 0.1908 0.1088 0.0339
対 近国 0.5053 0.0086
対 中国 0.0200


実測距離と式内社数の検定
有意に式内社数が少なかった40の令制国について、距離と式内社数の相関係数を算出した。
相関係数r=-0.395で式内社数と距離との間には弱い負の相関関係が認められた。
また、最も遠い距離にあった対馬国、壱岐国の式内社数は比較的多く、こららを変さとして除外すると、相関係数r=-0.59であった。

   

結果まとめ-式内社数と都からの距離の関係
本稿の検証で都から令制国までの距離と式内社数の間に弱いながら負の相関関係が認められた。
このことは式内社の管理統括に物理的距離が何らかの支障となっている事を予想させているものと考えられる。
また壱岐対馬の式内社数が距離の割には多いことは、何らかの意図を含んでいるものと思われる。
同時に伯耆国の式内社数の少なさも同様な連想が成り立つのでは無かろうか。
これらの式内社数を決定した要因は何であったのかという疑問が再燃する結果であった。

参考資料-1
令制国   山陰道の令制国(伯耆国・因幡国)   相関分析

参考資料-2
延喜式巻9・10 神名帳
「和名類聚抄郷名考證」 (吉川弘文堂 1966 池邊彌)
「和名類聚抄郡郷里駅驛名考證」 (吉川弘文堂 1981 池邊彌)



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結果2-5:式内社数の多寡に影響すると思われる要因・・・・都から令制国までの距離
式内社数の多寡に影響すると思われる要因としては以下の項目が考えられる。
  1:令制国の面積が小さい。 
  2:令制国の人口が少ない。
  3:郡数、郷数が少ない。
  4:経済力が弱い・・・・農業力
  5:都(中央)からの距離が遠い。  
  6:律令が定めた国力
  7:歴史的素地がない。
  8:その他 ・・・・政治色、人間(氏族)関係など(考察へ)

上記4項目の検証において、全て式内社数との関連が無いことが示唆された。
本稿では、式内社数と都からの距離の間の関連を検証する。

A:都から令制国までの距離
    1:都(中央)から令制国までの距離と式内社
    2:律令が定めた近国・中国・遠国
    3:実質的な距離と式内社
   
B:令制国の面積と式内社数の関係
    1:律令が定めた遠国・中国・近国と式内社数の検定
    2:実測距離と式内社数の検定
    3:結果まとめ-式内社数と都からの距離の関係