天 孫 族 (天火明命の子孫)
氏族 始 祖 本貫地 関連神社 有力であった時期 備 考
物部氏 饒速日命→宇麻志麻治命 天理 石上神社 欽明朝:大連 詳細は物部氏へ
穂積氏 饒速日命→宇麻志麻治命 天理
尾張氏 天火明命→天香語山命 尾張 熱田神宮 詳細は尾張氏へ
出雲氏 天穂日命→鵜濡渟命 出雲 出雲大社 詳細は出雲氏へ
津守氏 天火明命 摂津 住吉大社
摂津国住吉郡の豪族の田蓑宿禰の子孫。
田蓑宿禰が「七道の浜」(大阪府堺市七道)において200年に新羅征伐から帰還した神功皇后を迎えた時、神功皇后が住吉三神の神功があったことから、田蓑宿禰に住吉三神を祀るように言い、田蓑宿禰の子の豊吾団(とよ・の・ごだん)に津守の姓を与えたのが始まり。
津守とは「津(港)」を「守る」という意味。
土師氏 天穂日命→野見宿禰命 奈良 神魂神社 詳細は土師氏へ
武蔵氏 天穂日命→兄多毛比命 (東京埼玉) 氷川神社 詳細は武蔵国造


天 神 族
氏族 始 祖 本貫地 関連神社 有力であった時期 備 考
海部氏 天火明命→ 丹後 籠神社 詳細は海部氏へ
大伴氏 高皇産霊尊→天押日命 明日香 継体朝:大連 詳細は大伴氏へ
佐伯氏 高皇産霊尊→天押日命
天孫降臨の時に彦火瓊々杵尊を先導した天押日命を祖とし、大伴室屋の時に大伴氏から別れた神別氏族。
中央伴造として佐伯部を率い、宮門警備や武力勢力として朝廷に仕えた。
姓は初め「連」であったが、天武天皇13年(685年)に同族の大伴氏等とともに「宿祢」を賜姓された。
奈良時代以降、たびたびの政争に巻き込まれ)、そのたびに一族から処罰される者を出した事なども影響し、徐々に衰えた。
藤原氏 天児屋根尊 春日大社 持統朝→江戸 詳細は藤原氏へ


地 祇 族
氏族 始 祖 本貫地 関連神社 有力であった時期 備 考
三輪氏 大物主命 三輪山 大神神社 詳細は三輪氏へ
宗像氏 大国主命 宗像 宗像大社 詳細は宗像氏へ
安曇氏 大綿津豊玉彦→穂高見命 九州 志賀海神社 詳細は安曇氏へ


その他の皇別氏族、有力氏族
氏族 始 祖  本貫地 関連神社 有力であった時期 備 考
多氏 神武天皇→神八井耳命 詳細は多氏へ
春日氏 孝昭天皇 奈良
4世紀に栄えた日本の古代豪族。

春日氏は大和朝廷発足時から大王家に次ぐ地位を占め、4世紀に全盛時代を迎えた。
春日氏の本拠地は、現在の奈良市を中心とする地域であるとされる。
その後、和珥氏、粟田氏、柿本氏、小野氏の諸氏が分立する。
5世紀以降は、政界の中心には位置しないが、同氏出身の妃が多数輩出されている。
7世紀初頭になると、春日氏の位置は蘇我氏、阿倍氏、大伴氏の下に置かれるが、古来の名門豪族として朝廷内では重んじられた。
八色の姓制定にあたっては、朝臣を下し置かれた。

和珥氏 孝昭天皇 天理 和爾下神社
5世紀から6世紀にかけて奈良盆地北部に勢力を持った古代日本の中央豪族。
本拠地は、大和国添上郡和邇(現天理市和爾町・櫟本町付近)

埴輪などの祭祀関係土器製作者集団の統率者で、山陵の管理と、古墳埋葬者(天皇・皇族)の事跡を語り伝える役目を有して朝廷に重きをなしたといわれる。
和邇氏の実質上の祖といえる彦坐王の子孫から、息長帯比売(神功皇后)が出ていることから見て、近江の息長氏と密接な関係で結ばれていたことが分かる。

崇神天皇の時代、彦国葺(ひこくにぶく)が武埴安彦の反乱軍を討伐して有功。
仲哀天皇の崩御後、武振熊(たけふるくま)が将軍として忍熊皇子の反乱軍を討伐。
雄略天皇・仁賢天皇・継体天皇に皇妃を輩出。

粟田氏 孝昭天皇
柿本氏 孝昭天皇 柿本神社
小野氏 孝昭天皇→天押帯日子命 大津
武内宿禰 孝元天皇 応神朝 詳細は武内宿禰へ
羽多氏 孝元天皇→武内宿禰 波多神社(和泉国) 詳細は羽田氏へ
巨勢氏 孝元天皇→武内宿禰 継体朝 詳細は巨勢氏へ
紀氏 孝元天皇→武内宿禰 詳細は紀氏へ
平群氏 孝元天皇→武内宿禰 雄略朝:大臣 詳細は平群氏へ
葛城氏 孝元天皇→武内宿禰 葛城 詳細は葛城氏へ
蘇我氏 孝元天皇→武内宿禰 詳細は蘇我氏へ
阿倍氏 孝元天皇→大彦命 宣化朝 詳細は阿倍氏へ

秦氏 弓月君(渡来人) 松尾大社 詳細は秦氏へ
弓削氏 河内国 詳細は道鏡へ
初代=弓削倭古連
河内国若江郡を本拠にして8世紀に道鏡を出した弓削氏がもっとも有名である。
古代の日本で弓削部を統率した氏族で、祖先伝承や地域が異なる複数の弓削氏がある。
物部氏と関係が深く、一部はその傍系とも称した。
弓削倭古の娘2人が物部尾輿と結婚し、物部守屋が生まれた。

姓ははじめ連で、一部は後に宿禰になった。
道鏡時代には弓削御浄朝臣、弓削朝臣も作られたが、道鏡の失脚で戻された。

橘氏 県犬養宿禰三千代 詳細は橘氏へ



地方の有力氏族
氏族 始 祖 本貫地 関連神社 有力であった時期 備 考
吉備氏 孝霊天皇→吉備津彦命 吉備 詳細は吉備氏へ
磐井氏 孝元天皇→ 筑紫 詳細は磐井君へ
毛野氏 崇神天皇→豊城入彦命 (栃木群馬) 詳細は毛野氏へ
伊福部氏
(いおきべ)
饒速日命→ 因幡 宇倍神社 詳細は
鳥取県に因幡一宮宇倍神社がある。
ここの社家は伊福部(いおきべ)氏であった。
ここに「因幡伊福部臣吉志」という古系図が残されている。
これも過ってより、歴史家の研究対象であったが、伊福部氏も饒速日命から流れた物部系の一族とされている。
しかし、これも複雑で五百木部(いおきべ)氏は本来、尾張氏の流れとされ、同族ではないかとの議論が古来からある。
この因幡伊福部氏系図では、ニギハヤヒは出雲系の大己貴神の子孫であると明記されている。



参考資料
「古代豪族系図集覧」 (東京堂出版 1993)
「秦氏の研究」   (大和書房 1993 大和岩雄)

「藤原氏の正体」 ( 新潮文庫 2008 関裕二)
「物部氏の正体」 (東京書籍 2006 関裕二)
「蘇我氏の正体」 (東京書籍2004 関裕二 )
「藤原氏の正体」 (東京書籍 2004 関裕二 )
「消された王権・物部氏の謎」 (PHP文庫 2002 関裕二 )


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古代有力氏族の系譜    
豪族とは・・・
古墳時代・大和時代ごろまでの大和の中央氏族と、地方の首長層、在地勢力をいう。