葛城氏について
概要
本貫地
大和葛城地方(現在の奈良県御所市・葛城市)

大王家と葛城氏の関係
葛城氏の特徴として、5世紀の大王家との継続的な婚姻関係が挙げられる。
襲津彦の娘の磐之媛(いわのひめ)は仁徳天皇の皇后となり、履中・反正・允恭の3天皇を生み、葦田宿禰の娘の黒媛は履中天皇の妃となり、市辺押磐皇子などを生んだ。
押磐皇子の妃で、顕宗天皇・仁賢天皇の母である?媛(はえひめ、?は草冠+夷)は、蟻臣の娘とされる。
さらに円大臣の娘の韓媛は雄略天皇の妃として、清寧天皇を設けている。
仁徳より仁賢に至る9天皇のうち、安康天皇を除いた8天皇が葛城氏の娘を后妃か母としていることになる。
このような婚姻関係の形成は、葛城氏と大王家の政治的連携が、婚姻策によって保たれていた。

葛城氏の基盤
葛城氏は、大王家の支配から相対的に自立しうる私的な軍事的・経済的基盤を維持していた。
対朝鮮外交を通して、葛城地方に定住することになった多くの渡来系集団が、葛城氏の配下で鍛冶生産(武器・武具などの金属器)を始めとする様々な手工業に従事し、葛城氏の経済力の強化に貢献したとみられる。
渡来人の高い生産性に支えられた葛城氏の実力は極めて巨大で、大王家のそれと肩を並べるほどであり、両者の微妙なバランスの上に、当時のヤマト政権が成立していたのであろう。
当時の王権基盤は未熟な段階にあり、大王の地位が各地域の首長から構成される連合政権の盟主に過ぎなかったことを考慮すれば、直木孝次郎の説くように、5世紀のヤマト政権はまさに「大王と葛城氏の両頭政権」であったと表現出来る。


系譜
系譜  
   祖: 武内宿禰  (母:葛城国造荒田彦女-葛比賣)
       ↓
   1: 葛城襲津彦  
       ↓ 
   2: 葛城葦田 [兄弟姉妹:磐之媛(仁徳皇后)]
       ↓ 
   3: 葛城玉田 [兄弟姉妹:蟻臣 黒媛(履中妃)]
       ↓ 
   4:葛城 円
       ↓ 
   5: 韓姫


事績
神功期
襲津彦が新羅征討を行う。

仁徳期
襲津彦の娘の磐之媛(いわのひめ)が仁徳天皇の皇后となる。
.
416年(允恭5年)・・・玉田宿禰の誅殺
7月に地震があったが(最古の地震記事である)、玉田宿禰は先に先帝反正の殯宮大夫に任じられていたにもかかわらず、職務を怠って葛城で酒宴を開いていたことが露顕した。
玉田は武内宿禰の墓(御所市宮山古墳か)に逃げたものの、天皇に召し出されて武装したまま参上。
これに激怒した允恭天皇は兵卒を発し、玉田を捕えて誅殺させた。
この事件を直接の契機として、大王家と葛城氏の関係は破綻したとみられる。
同時にヤマト政権の朝鮮における軍事的影響力は衰え、対朝鮮政策は苦境に陥った。

456年(安康3年)・・・眉輪王(まゆわのおおきみ)の変
允恭天皇の死後は、王位継承をめぐって履中系王統・允恭系王統の対立が激化したと推測される。
この過程で葛城氏の円大臣は血縁的に近い市辺押磐皇子らの履中系と結ぶこととなり、允恭系との対立をますます深めた。
允恭系の安康天皇の即位によって劣勢に立たされた円大臣は勢力を回復すべく、次期大王として押磐皇子の擁立を画策したらしい。
ところが安康天皇3年(456年)8月、安康天皇が暗殺され、円大臣がその下手人である眉輪王を自宅に匿う事件が起きた。
大泊瀬皇子(後の雄略)の軍によって宅を包囲された大臣は、王の引き渡しを拒否し、娘の韓媛と「葛城の宅七区」(記に「五処の屯宅」)とを献上して贖罪を請うた。
しかし、皇子はこれを許さず、宅に火を放って円大臣・眉輪王らを焼殺した(眉輪王の変)。
大王家とも比肩し得る雄であった葛城氏は、雄略とその配下の軍事力の前に、完全に潰え去ることとなったの。

葛城氏の末裔
小野妹子の生母は葛城氏の末裔とされ、そのことは小野妹子が大和朝廷に仕えることができた一因であるとされる。


葛城氏に関する諸説
葛城襲津彦の伝承について
襲津彦の伝承は、『日本書紀』の神功皇后摂政紀・応神天皇紀・仁徳天皇紀に記される。
本文はわずかだが、その分注には『百済記』を引用し、壬午年に新羅征討に遣わされた「沙至比跪(さちひく)」なる人物が美女に心を奪われ、誤って加羅を滅ぼすという逸話が紹介される。
従来、この「沙至比跪」と襲津彦を同一人とし、『書紀』紀年を修正して干支2運繰り下げて、壬午年を382年と解釈すると、襲津彦は4世紀末に実在した人物であり、朝鮮から俘虜を連れ帰った武将として伝承化されている可能性などが指摘されてきた。

しかし「沙至比跪」の逸話が史実と見なせるかには疑問の余地があり、これを考慮すると、『書紀』の襲津彦像は総じて没個性的で、各々の記事間にも脈絡がほとんどない。
このことから、襲津彦は特定の実在人物ではなく、4・5世紀に対朝鮮外交や軍事に携わった葛城地方の豪族たちの姿が象徴・伝説化された英雄であったと見る説もある。


参考資料
「古代豪族系図集覧」 (東京堂出版 1993)


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葛城氏
武内宿禰の六男、葛城襲津彦(かずらきそつひこ)を祖とする豪族。
葛城氏の特徴として、5世紀の大王家との継続的な婚姻関係が挙げられる。