伯耆国および他の令制国の式内社と郡数・郷数・田積・人口等の関係に関する検証』
 伯耆国の古代史を検証するための文献的史料は必ずしも充分 とは言えない。
 そのため、考古資料、伝承資料等を併せて集学的に検証する事が不可欠 になると思われる。
  しかし特に神社伝承についてはその重要性に反し、信頼性に疑問がある事も否めない。
 そこで比較的資料の蓄積がなされ始めた平安時代の神社資料を、 推計統計学を用いて科学的に検証し、それを足掛かりにして伯耆国の古代史を 考える事を試みたい。
  しかし、平安時代に記載された式内社の検索を行うと先ず目にとまるのが伯耆国の式内社の少なさである。
 式内社は、延喜式がまとめられた10世紀初頭には朝廷から官社として認 識されていた神社であり、その選定には政治色が強く反映されている、 とされている。
 そこで推計統計学を用いて、当時の伯耆国の式内社数が有意に寡少であると判断出来るか否かを検証すると共に、その背景に考察を加えたいと考える。
1:緒言(式内社検証の目的)
伯耆国の式内社数を他国と比較するとともに、それに影響を与えた と思われる諸要因についての検討を行い、AD900年前後の伯耆国の の実情を考証する。
それを基にして、伯耆国の古代史を 考える足掛かりとして試みたい。


2:材料と方法
材料・・・・文献的史料
1:国郡里について・・・・「和妙類聚抄」 を主に参照。    
  承平年間 (931年 - 938年) 、源順編纂。
  国郡部:国名、郡名、郷名、他     
  「和名類聚抄郡郷里駅驛名考證」 (吉川弘文堂 1981 池邊彌)   

2:式内社・・・・「延喜式神明帳」      
  905年(延喜5年)から編纂され、927年(延長5年)に完成。 藤原時平、藤原忠平編纂。式内社:巻9・10 神名帳   

3:令制国面積・・・・「統計年鑑」を参照     
  明治15年、明治政府編集。     

4:令制国人口・・・・「人口から読む日本の歴史」 (鬼頭宏)
            「歴史人口学で見た日本」  (速水融)

  
5:その他(参考資料)     
  新修米子市史-巻1 鳥取県誌-巻1 鳥取県神社誌 鳥取県郷土史   太政官符抜粋記事  伯耆誌、等々


方法
1:基本的方法
科学的方法によって証明されている地理学的資料、考古資料を尊重。 併せて論理学、材料の信頼度判定(EBMの準用)などを用いて検証。   

2:史料批判法の遵守
引用関係がない二つ以上の史料に同一の記述が有り、一致した原因が、偶然の 一致となる可能性が極めて低いと考えられるとき。
史料の記述が、科学的に証明された他の資料(考古資料など)と矛盾しないとき。        

3:統計学的仮説検定の適用
記述統計学のみならず、推計統計学を用いて、得られた資料の検定を試みる。


結果
1:伯耆国と他国の式内社数の比較および検定
延喜式巻9・10の神名帳を参考に令制国の式内社数を検索した。
令制国68国(2島66カ国) の式内社数の合計は2861社(3132座 )、 全国平均は42.1社   標準偏差は50.0 社であった。
伯耆国は6社6座で、近隣の出雲国187社、因幡国42社、隠岐国17社に比較してかなり少ない印象を持った。
この数値が統計学的に少ないと断定出来るか否かの検証を行った。

詳細は、「結果1:伯耆国と他国の式内社数の比較および検定」へ

2:式内社数の多寡に影響すると思われる要因
推計統計学的に伯耆国の式内社数は有意に少ないと断定出来た。
同時に、その背景は何であったのかという疑問が生じた。
一般的に式内社の選定には政治色が強く反映されている とされている。
しかしこれを科学的に証明しうる文献を渉猟する事は出来なかった。
そこで、マーケティング用語である「民力」を参考にして、式内社数の多寡に影響すると思われる要因として以下を考え、これに関する検証を行った。
   式内社数の多寡に影響すると思われる要因
      ①令制国の面積が小さい。 
      ②令制国の人口が少ない。
      ③郡数、郷数が少ない。
      ④経済力が弱い (農業力、林業力、鉱工業力)
      ⑤都(中央)からの距離  
      ⑥律令が定めた国力
      ⑦歴史的素地がない。
      ⑧その他 ・・・・政治色、人間(氏族)関係など

①の詳細は、「結果2-1:式内社数の多寡に影響すると思われる要因:面積」へ

②の詳細は、「結果2-2:式内社数の多寡に影響すると思われる要因:人口」

③の詳細は、「結果2-3:式内社数の多寡に影響すると思われる要因:郡数・郷数」

④の詳細は、「結果2-4:式内社数の多寡に影響すると思われる要因:田積・出挙」

⑤の詳細は、「結果2-5:式内社数の多寡に影響すると思われる要因:都からの距離」

⑥の詳細は、「結果2-6:式内社数の多寡に影響すると思われる要因:律令が定めた国力」

⑦の詳細は、「結果2-7:式内社数の多寡に影響すると思われる要因:伯耆国の歴史的素地」


⑧の詳細は、「考察-伯耆国の式内社に関する考察」


参考:民力とは (マーケティング用語集より)   
「生産・消費・文化などの分野にわたって国民がもっているエネルギー」
人口・世帯総数・就業者総数・事業所総数・商店年間販売額・工業製造品年間出荷総額・ 県民個人所得・国税納付額・預貯金残高・一般公共事業費・着工住宅数・自動車保有総 台数・開通加入電話数・電灯年間使用量・教育費総額・テレビ契約数などの各項目を都 道府県別にデータ収集し、指標として比較したもの。


考察
伯耆国に式内社が少ない理由として考えるべき事
10世紀初頭の伯耆国は、全国的に見ると面積は狭いが、経済的には比較的安定した環境であったと考えられる。
また山陰道内でみれば、面積以外の要因は全て有意に高いと言える。
この様な実態があったにもかかわらず、式内社が極めて少ないとい うことは、推計統計学的見地からすれば偶然の出来事ではなく、何 らかの人為的意図があったと考える事が合理的であると推測される。  
ではその人為的意図とは何であったかについての考察を行った。

①中央権力側による要因        
  式内社と認定することに伴う利益関係の有無・・・・             
  選定基準(自薦・他薦)・・・     

②地方側の要因       
  伯耆国が内在する要因                 
      西伯耆の有力氏族の変遷・・・・                    
      西伯耆の経済状況・・・       
  近隣諸国との関係          
      特に出雲、因幡との関係・・・・

詳細は、「考察-伯耆国の式内社に関する考察」



参考資料-1
式内社・郡・郷数、田積、出挙原本

参考資料-2
延喜式巻9・10 神名帳
「和名類聚抄郷名考證」 (吉川弘文堂 1966 池邊彌)
「和名類聚抄郡郷里駅驛名考證」 (吉川弘文堂 1981 池邊彌)

「人口から読む日本の歴史」 (鬼頭宏著 講談社学術文庫 2000年 )
「図説人口で見る日本史」   (鬼頭宏著 PHP研究所 2007年)
歴史人口学で見た日本」  (速水融 文春新書 2001年)

「鳥取県神社誌」  (澤田文精堂 1934)
「新修米子市史」  第一巻 通史編 原始・古代・中世
「新修米子市史」  第六巻 自然編
「新修米子市史」  第七巻 資料編 原始・古代・中世
「鳥取県誌」     第一巻 原始古代 (1972)
「鳥取県の歴史」  (山川出版 1997)

「統計学要論」 (共立出版 1975)
「バイオサイエンスの統計学」 (南江堂 1994)
「医学・公衆衛生学のための統計学入門」 (南江堂 1988)
「図解 確率・統計の仕組みがわかる本」 (技術評論社 2008 長谷川勝也)
「Excelでここまでできる統計解析」 (日本規格協会 2007 今里健一郎 森田浩)

Wikipedia  「近代以前の日本の人口統計」  「歴史人口学」


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