貝が語る縄文海進―南関東、 2℃の世界 (有隣新書)







海水面の変化
海進と海退
最後の氷河期が終わったBC13000年頃、海水面は現在より−120mであった。
その後、海水面は上昇し、BC4100年頃にピークを迎え、+4〜5mとなる。(縄文海進
以後再び海水面の下降が進む。(縄文海退

  年代 海水面 備 考
BC13000年 −120m ウルム氷河期の最盛期が終わる。
BC10500 −120m 最後の寒冷期(オールデストドリアス)。 その後海水面は急速に上昇。縄文海進
BC9000 −55m 徐々に上昇。
BC8000 −31m 徐々に上昇。
BC7000 −25m 徐々に上昇。
BC6000 ±0m 現在の海抜付近になる。
BC4300 +4〜5m さらに上昇。一説には10m上昇。しかし実際には4m前後考えられている。
BC3000 +4〜5m 海水面の変化は無く、高位で停滞。この後、縄文海退進む。
BC800 −4m 縄文海退
AD   0 −2m 弥生小海退
AD 700 −1m ロットネスト海進
AD1000 −0.5m さらに海進が続く。
AD1100 +0.5m 平安海進
『更級日記』で真野の長者の家(現千葉県市川市)が水没した原因はこの海進であるとされる。
AD1350 −1 パリア海退
AD2000 ±0 現在の海水面。

            



参考文献・資料等
神戸市教育委員会 「大阪湾の誕生」  
前田保夫 「最終氷期最盛期以降の海水面変動に関する研究」 第四紀研究52(3)p53−58

気象庁HP 「世界の過去および将来の海面水位変化」 
湊政雄 「変動する海水面」 東海科学選書
海水準変動(Wikipedia)  洪水マップ など



潟湖(せきこ、かたこ ラグーン)の形成
潟湖とは
湾が砂州(さす)によって外海から隔てられ湖沼化した地形。
ただし、完全に外海から隔てられたものはほとんどなく、ごく狭い海峡により外海とつながっているものが多い。
したがって、ラグーンは塩湖である。


潟湖形成の背景
@縄文時代前期(BC4000−3000年頃)
気候が温暖化し、海水面が4−5m上昇。

A縄文時代中期(BC3000−2000年頃)、縄文時代後期(BC2000−1000年頃)、縄文時代後期(BC1000−400年頃)
徐々に現在の気候に近づき、海水面も下降する。
この時、陸地に閉じ込められた海が出現。
この海が淡水化し?湖(せきこ、かたこ、ラグーン)となっていく。



地形の変化
  海水面の変化に伴って地形も大きく変貌する。
   詳細は、「大山と米子周辺の山々」  「日野川と米子周辺の河川」  「弓ヶ浜半島」  「中海」へ
  
   まとめは、「古代の気候と海水面変化および歴史上の出来事」


参考文献・資料等
気候変動と考古学「」(熊本大学 甲元眞之氏)  
鳥取県の歴史 (山川出版 1997) など


 「ファンタジ−米子・山陰の古代史」は、よなごキッズ.COMの姉妹サイトです
   ファンタジ−米子・山陰の古代史   







旧石器時代−古代−現代における海水面・地形の変化
地理の理解なくして、人や物の流れは完全には把握できません。
現在の地形と2000年前の地形にはかなりの違いがある場合もあります。
米子に限らず、海水面の変化、土砂の堆積などによる地形の変貌をを考慮する事が肝要かとも思います。