緒 言
A 米子・山陰の古代史
1:神話からの脱却
少し前まで、古代の山陰地方には、記紀の神話の中に描かれているような王権は存在しなかったと考えられていた。
出雲王国などというものは、あくまでも神話の世界の話で、当地にその様な文明・文化は存在しなかったというのがそれまでの歴史学会の認識であった。
しかし、1984年(昭和59年)、荒神谷遺跡の発掘が、この概念を大きく一変させてしまうことになる。
それに続き、続々と歴史的な考古学的発掘が為される。
     1984 荒神谷遺跡発掘 (島根県
     1991 上淀廃寺発掘 (鳥取県米子市淀江町)
     1995 妻木晩田遺跡発掘 (鳥取県米子市淀江町)
     1996 加茂・岩倉遺跡発掘
     1998 青谷上寺地遺跡発掘調査開始
     2000 出雲大社御柱発見

これらの発掘によって、古代の山陰地方は、神話の故郷から、歴史の故郷へと変貌することになる。
同時に、古代山陰における米子という地の重要性を認識すべき時が来たとも考えられるのではなかろうか。


2:古代の米子地方
古代における米子地方の地形は、現在とはかなり様相が異なるものであったと予想される。
現在の米子の中心は、沖積平野である「米子平野」を中心に広がっている。
しかし紀元前後においては未だここは湿地帯で、あまり人が暮らすのに適した場所ではなかった。
従って、古代の米子とは、米子平野を取り囲む丘陵地帯が「元米子」を指すことになる
この件に関する詳細は別項に記載する。           
  参照 : 自然地理学: 大山と米子周辺の山々 日野川と米子周辺の河川  弓ヶ浜半島  中海 

さらに地政学的な事に言及すれば、米子は出雲の文化圏に属していたと思われる。
詳細は後述するが、出雲と伯耆を会わせた地域を雲伯地域と呼び、考古学、言語学上両国はきわめて類似した風土をもつ地域であった。
そしてその中心は、雲伯国境域である、米子、安来であるとの考えもある。


3:何故、神話の世界へ
ここで沸き上がる疑問は、このような反映を誇った山陰が、何ゆえ歴史の淵に埋没してしまったのかと言うことである。
隠された古代史の原因として、次の疑問が生じる。
  A:正史編纂者の意図的なものが在ったのか否か。
  B:あるいは正史編纂時にその記憶または記録が定かではなかったか。



B 古代史解明の材料
日本の古代史が未だ闇の中に在る原因の一つは、その検証材料の不十分さにある。
方法論に関しては自然科学の発展によりかなり充実してきていると思われる。
しかし、材料(material)の不確実性においてその効果が現れていないのかもしれない。
以下を材料として用いるが、それぞれに長短がある。

1:地理学的資料
種類
気候変動、海水面変化、地形変化など


2:考古資料
種類
遺跡、遺構、遺物、遺跡に堆積した層、人の遺体(人骨)など

長所
考古資料は基本的に「ウソをつかない」。どんな破片であっても基本的には「真」である。
考古資料は「寡黙な正直者」と言える。

短所
分析が必要。


3:文献的史料
海外文献史料
種類
 漢書 三国志 後漢書など

長所
記載者の主観が入りにくい。

短所
あくまでも現場で見た話ではないので内容に詳細性がかける場合もある。
また、時間的遅延のために何らかの錯誤が生じることも考えられる。


国内文献資料
種類
古事記、日本書紀、風土記、万葉集、続日本紀など

長所
絶対年代の記載もあり内容が詳細である。

短所
歴史は中央にあって権力を掌握している人々によって作られる事が多い。
それは、体制側に都合の良い文献的記録であり、必ずしもすべて真実を伝えているとは限らない。
また、文献記録は、往々にして特殊な歴史事象について多く語りすぎる傾向にある。
従って、文献記録はどうしても主観的、恣意的にならざるをえない面がある。


4:民俗学的資料
種類
神社資料 仏教関係の資料、伝承資料など

長所
権力側・知識人側・中央・貴族・官僚・男性側・成人に片寄りがちな文献資料の欠点や限界を補い、風土や生活・生業の多様性を視野に収めた、歴史事象の総合的な理解に資するところがきわめて大きい。

短所
その真偽性を見極めて行く必要性がある。


5:自然科学的資料
種類
疫学的資料 分子生物学的資料



目 的
本稿の目的は、漠然とした日本古代史の検証や、あるいは邪馬台国の比定などといったものではない。
あくまでも古代における米子、およびその周辺地域の歴史を検証する事がその主たる目的である。
しかしながらその過程においては、日本古代史との関係をを無視することは不可避であり、そのために必要なものについての検証も併せながら話を進める。
以下に、目的の概要を記す。

 「目的」

  @米子・山陰に関する考古資料、文献的史料、その他の資料の収集・整理を行う。
     収集された資料は単なる材料ではなく、郷土の歴史そのものであると言える。
     出来るだけ多くの資料を採取しそれを整理してWEB上に公開する。
     これだけでも、地元あるいは他の地域の人たちに米子の古代の姿を認識して貰う一助
     につながるものと思われる。

  A上記の資料を基に当時の米子・山陰の実像を検証する。

  B併せて、米子・山陰が歴史の淵に沈んでしまったその原因を考察する。



公の立場にあって研究をされている方には困難な事でも、野に住む人間には比較的自由な推論が出来る場合もある。
しかしそれに甘んじることは極力避け、確固たる根拠の基に整合性のある仮説を立て、古代の米子・山陰の実像を考えたいと思う。

これらが今後の米子、ひいては山陰地方の何らかの役に立てばと願う次第である。


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ファンタジー「米子と山陰の古代史」の緒言および目的   
「過去を知り、今を考え、未来を想う」

過去を知ることだけが歴史の勉強ではなく、歴史とは、今を考え、未来を想うための手段であると想います。
いくら立派な箱物が有ったとしても、そこに心が無ければ、やはりそれは魅力に欠けるのではないでしょうか。
米子には、まだまだ埋もれた奥深い歴史が有ると思います。
それを掘り起こし、米子の恵まれた自然環境や美しい建物をもっと魅力あるものに出来ればと想うのですが・・。