第19代 允恭天皇 (主として日本書紀による記載)
概説
諡号
 古事記での呼称
    男浅津間若子宿禰王
 日本書紀での呼称
    雄朝津間稚子宿禰尊(おあさづまわくごのすくねのみこと)

生年
 376年?(仁徳天皇64年)

即位
 即位=412年 
 皇居=遠飛鳥宮(とおつあすかのみや、現在の奈良県高市郡明日香村飛鳥?)
      飛鳥の地に宮を設けた初めての天皇が允恭であった。
崩御
 崩御=453年(允恭42年)
 陵墓=恵我長野北陵(えがのながののきたのみささぎ)
      大阪府藤井寺市国府一丁目にある国府市野山古墳(前方後円墳・全長228m)に比定されている。

系譜
系譜 
仁徳天皇の第四皇子。 履中天皇、反正天皇の同母弟。

=仁徳天皇
=磐之媛命(いわのひめのみこと)・・・・葛城襲津彦の女

皇后=忍坂大中姫(おしさかのおおなかつひめ)・・・・稚渟毛二派皇子の女
  皇子①=木梨軽皇子(きなしのかるのみこ)・・・・皇太子
  皇女①=名形大娘皇女(ながたのおおいらつめのみこ)
  皇子②=境黒彦皇子(さかいのくろひこのみこ)
  皇子③=穴穂皇子(あなほのみこ=20代安康天皇
  皇女②=軽大娘皇女(かるのおおいらつめのみこ)
  皇子④=八釣白彦皇子(やつりのしらひこのみこ)
  皇子⑤=大泊瀬稚武皇子(おおはつせわかたけるのみこ=21代雄略天皇
  皇女③=但馬橘大娘皇女(たじまのたちばなのおおいらつめのみこ)
  皇女④=酒見皇女(さかみのひめみこ)

妃1=衣通郎姫(そとおしいらつひめ、藤原琴節郎女・弟姫)・・・・皇后の妹


事績
反正5年(410年
  1月 反正天皇が皇太子を定めずして崩御した。
     群臣達が相談して雄朝津間稚子宿禰尊(おあさづまわくごのすくねのみこと)を天皇(大王)に推挙する。
     尊は病気を理由に再三辞退して空位が続いた。

允恭天皇元年(412年)
 12月 忍坂大中姫の強い要請を受け即位。

允恭3年(413年)
  8月 新羅から医者を招聘、天皇の病気を治療する。

允恭4年(415年)
  9月 諸氏族の氏姓の乱れを正すため、飛鳥甘樫丘にて盟神探湯(くがたち)を実施する。

允恭5年(416年)
  7月 玉田宿禰(葛城襲津彦の孫)の叛意が露顕、これを誅殺する。

允恭7年(418年)
 12月 皇后の妹・衣通郎姫を入内させるが、皇后の不興を買い、藤原宮(奈良県橿原市)に住まわせる。

允恭8年(419年)
  2月 衣通郎姫が皇后の嫉妬を理由に茅渟宮(ちぬのみや、大阪府泉佐野市)へ移る。
     天皇は遊猟にかこつけて郎姫の許に行幸を続けた。

允恭10年(421年)
     皇后に諌められ、その後の茅渟行幸は稀になった。

允恭24年(435年
  6月 皇太子の木梨軽皇子と同母妹の軽大娘皇女の近親相姦が発覚。軽大娘皇女を伊予に配流(→衣通姫伝説)。

允恭42年(453年)
  1月 崩御。新羅王はこれを悲しみ、弔使を送る。
      『古事記』『旧事紀』に78歳、『愚管抄』『神皇正統記』に80歳、
      北野本『日本書紀』に81歳(一本68歳)とする



允恭天皇に関する諸説
允恭天皇豪族出身説
敬称について
雄朝津間稚子宿禰尊(おあさづまわくごのすくねのみこと)に「宿禰」という皇族(王族)らしからぬ敬称が混ざっている。
宿禰(足尼とも書く)の称号は4世紀から6世紀にかけて、しばしば(王族ではない)有力豪族の名に下接して使われていた(例:野見宿禰、武内宿禰、多加利足尼など)。
このことから、允恭天皇も元来は葛城(奈良県御所市)出身の地方豪族で、反正天皇の崩後に王位を簒奪したのではないかと見る説が存在する。

宋書より
武内宿禰の子として若子宿禰という人物の存在が伝えられ、時代が重なること、さらには、倭王済(允恭)と倭王珍(反正に比定される)の血縁関係を記さない『宋書』の問題などが挙げられる。

葛城氏との関係
16代仁徳天皇、17代履中天皇は葛城氏から皇妃を迎えている。
19代允恭天皇の時にはこの関係がない。
それ以降、この関係は希薄になり、25代武烈天皇の御代には皇統が途絶えかける事になる。


稚渟毛二派皇子について
皇后=忍坂大中姫(おしさかのおおなかつひめ)-稚渟毛二派皇子の娘

稚渟毛二派皇子とは
『釈日本紀』に引用された『上宮記』逸文によると、
若野毛二俣王(稚野毛二派皇子)-大郎子(意富富等王) -乎非王-汙斯王(彦主人王)-継体天皇とある。
継体天皇が「応神天皇5世の孫」とされる系譜を形成する。



参考資料
「新訂増補国史大系  日本書紀 前篇」 (吉川弘文館 2000 黒坂勝美)
「新訂増補国史大系  日本書紀 後編」 (吉川弘文館 2000 黒坂勝美)
「日本古代史の100人」 (歴史と旅臨時増刊号23巻2号 秋田書店 1996)
「古代人物総覧」 (別冊歴史読本21巻50号 1996)
「歴代天皇全史」 (歴史群像 学習研究社 2003)


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第19代 允恭天皇
允恭天皇
飛鳥の地に宮を設けた初めての天皇。
中国の歴史書『宋書』・『梁書』に記される倭の五王中の倭王済に比定されている。